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あがり症からの解放

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   Spot Light
    頭が真っ白くなる人
    観の転換・・意識を変える
    あがり症を治す方程式



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 あがり症について(一)

 
s-ally1 あがりという症状が起きる根本の原因は、「人によく思われたい」とか「失敗したらどうしよう」といった自分を飾ろうとする心です。

 今の時代は、小さい頃から「競争社会」であり、「比較社会」ですから、私たちはみな失敗がこわく、人にどう思われるのかがとても気になるのです。

 そして他人を競争相手とみますから、自分と他人を明確に分け隔て、他を自分と敵対(比較)する関係と思い、心に構えをつくっています。この心の構えが自分をしばって萎縮しているのがあがり症の姿でもあります。

 人は表現するように生まれついていますので、みな話す力を持っています。ただ自分の苦手意識で話す力に蓋をしているのです。この苦手意識をとりのぞけば、話す力が出てきます。

 あがり症の人は、この苦手意識で、ずっと人前で話す場から逃げていたので、必要以上に恐怖心を抱えこんでいます。まず、「人にどう思われるか」とか「失敗したら・・」といった心の構えを捨て、そのままの自分を出すことが最も大切です。仮面の自分を捨てるのです。

 自分の思いや考え、気持ち、知識といったものを、素直に語るのです。そうすれば次第に話すコツをつかみ、話す楽しさがわかってきます。人は本来話したいのです。

あがり症を治すのに最も大切なこと


 

 あがり症について(二)

 
summer1 別の観点からあがり症をみると、あがり症は心の感度の問題でもあります。
 心の感性が比較的高い人は、自分の欠点や弱さを敏感にとらえています。それを人に悟られるのが怖いのです。

 そして、人の心を察知する能力も比較的に高いために、意識過剰に陥っていきます。
 こういう人の青少年の多感な時期に、傷つくことばを投げかけたりしたら、深いあがり症になります。

 解決法は、人は誰でもさまざまな欠点や弱さ、醜さをもっている、それが人間だ。そして美しさも強さも、善さも併せ持っていることを知り、開き直ることが必要です。

 自分をさらけ出す練習をするのです。つまり、人前であがるのです。否、あがる自分を見られる勇気を持つのです。 なにもかも恥じをさらけ出す強さを出すのです。
 実はそれが人間を大きくしていく基本ではないかと思います。
 

 あがり症について(三)

 
kabeperari 自分で判断して、自分のあがり症は普通のあがり症を越えて、病的なあがりの症状だと思える人は、一種の対人恐怖症と考えられます。

 対人恐怖症は自分の心の中に、おびえる心、恐れる心が潜んでいるから起こります。
 そのおびえる心、恐れる心は幼い頃の生活環境にあると考えられます。ある程度大きくなってからの体験は、よほどの抑圧体験でないと自分の心を縛るほどにはならないでしょう。

 小学生や中学生になってからいじめを受けた場合も、その根底には、その人の持っているおびえる心、恐れる心を敏感に嗅ぎ取られたからだと考えられませんか。

 厳しい父、キビシイ母、家族等に育てられると、その子の心に陰をおとすことになります。厳しさの中に理があり、正しきがあれば幼子もその心を受け入れ、傷つくこともないのでしょうが、厳しさが父や母の弱さやコンプレックスの感情からくるものであった場合、幼子の心に傷跡を残すことになります。

 生きることへの緊張感、不安感・・・これこそ人に対する緊張となり、恐れとなり、病的あがりの症状となる、と私は思っています。

 病的あがり症は強い無意識の働きです。原因を知れば無意識の働きが弱まりますので治しやすくなります。
 

 あがり症について(四)

 
s-woman02 緊張や不安を起こす心のストレスからの解放について考えてみましょう。

若くてか細い女子水泳選手が、高い飛び込み台の上から飛び込む姿を何げなく見ていますが、私たちがあの飛込み台に立ったらどんなでしょう。たぶん恐怖で立つことすら出来ないでしょう。

 低い高さから練習をして、次第により高い所を目指す。これなら出来ますね。練習と慣れにより、緊張や不安から解放されるのがとっても大切な一つの方法です。

 もう一つの方法は、意識の転換を行うのです。  
 人前で話す機会が生じた時、自分を否定的にとらえ、やっかいなことから逃げ出したい気持を切り替えて、逆に今の現状を肯定的にとらえ、ひとつひとつ自分を高め、成長させる機会であると認識し直すのです。

 試練に挑むのです。どんな人にもどんな人生にも試練があります。あがり症もあなたに与えられた試練なのです。

 逃げていたらいつまでも解決しません。人は覚悟を決めたとき、自分を支える力が自ずから湧いてきます。その力を信じましょう。
 
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 あがり症について(五)

 
 あがりを恐れる心をよく見つめてみましょう。自分の順番を待つあいだが一番緊張し、恐怖心を覚えますね。それはあがるんじゃないかと想像して、いっそう心を集中するから緊張し、不安にかられるからです。

nami2_d まだあがってもいないのに、あがるんじゃないか、あがるんじゃないかと恐れる心で恐れているのが真実です。かえってあがってしまった人は、もう恐れてはいないのです。

 つまり、あがり症は自分の恐怖心で作り出している幻想です。心のオバケです。高い飛び込み台で下を見れば、足が震えて落ちるでしょう。恐れなければ足が震えないので落ちません。それと同じで恐れなければあがりません。

 なぜあがりはそんなにまで怖いんでしょうか?きっと自分の尊厳に係わるからでしょうね。あがった自分は惨めで存在価値を否定されるように思うからでしょう。

 実のところ、あがらない人よりあがる人の方が多いんです。そう思えばあがってもその人の価値は変わりません。でもあがっている自分は、本来の自分ではないと知っているのです。そこがつらく惨めなのです。人は自分の本来の姿を取り戻したいのです。
 

 あがり症について(六)

 
tyoureitop1 私たちはあがり症に限らずつらく嫌な出来事や惨めな体験をします。そしてそのことを思い出すたびにその時の感情を追体験します。それがイヤなために、出来るだけその出来事を思い出さないように、触れないようにします。

 実はこれがあがり症なり、さまざまな苦手意識を固定させていく原因です。かって体験したつらく惨めな出来事と同じような状況が起こると、そこから避けようとする自己防衛の心理が働きます。

 つらく惨めな感情を心に閉じ込め、出来るだけ思い出したり、触れたりしないようにしていますと、再び起こるかも知れない同じような出来事に対して、極度に不安と緊張を覚えるようになります。これが『恐怖症』です。恐れて封印していた自分の心が目の前に大きく姿を現すから、とても怖いのです。

 大切なのは、あがり症などの苦しみや惨めな気持ちを体験したら、その感情を閉じ込めてしまわないで、苦しみや惨めさと共に居ることではないでしょうか。出来ればその出来事や自分の受けた思いを、手記にしたり、信頼できる人に語るのがいい方法です。

 度々感情を心に流し、苦しみや惨めさに身を委ねることで、次第にその感情は弱まり、その出来事を思い出したり触れたりすることへの抵抗は無くなっていくでしょう。誰にも語らず、心に留めておきますと、そのときの惨めな負の感情が、いつまでも自分をコントロールします。
 

 あがり症について(七)

 
4032 あがり症という問題を違う角度から見てみましょう。

 あがらないで堂々と話す人がいる。ただ話すだけでなく、人を笑わせたり、人を惹きつけたり、実に素晴らしい人達がいる。憧れますね。だれでもああなりたいと思いますでしょう。それが人間の向上心を刺激します。ここにこそ人間はあがりというカラクリを自分に課したという気がします。

 そうです。あがり症は自分をいっそう高めんとする要素です
 これに挑戦し克服したときに得られる悦び、スポーツ選手が記録に挑戦し励む姿、高く険しい山の頂上をめざす登山家、すべて自分を高めんとする生き様ですね。

 あがり症も私たちに与えられた必要な試練と肯定的に受け入れましょう。
 挑戦への道のりがやがてあなたの悦びへと変わりますように
 
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公開日:
最終更新日:2015/01/04

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